風骨ブログ - 最新エントリー

自分の生き方と市民活動

カテゴリ : 
雑感
執筆 : 
KKousaka 2020-7-12 14:22
故河合先生に「自分の専門は、何だと思うか」というようなことを聞かれたことを思い出しました。もっと、別な表現だったかもしれませんが、そのようなことだっとと記憶しています。

私は、「自分には専門がない」と答え、「自分自身の課題を解決することだけで精一杯だ。」と答えたように思います。

そのとき、初めてうれしそうに先生が「なんだ、お前は、私とおんなじじゃないか」と答えてくださったのを聞いて、びっくりしました。

そして、にっこり微笑んで、
「他にないよな。そうじゃない人がオカシイ。」
と言ってくださったことが忘れられません。

今も、60歳を過ぎても、そのことだけを考え、実践しています。と先生に伝えたい。
「それ以外、できないじゃないか。」
「全存在をかけて、考えること」忘れたことはありません。
20年前、20世紀最後のときに故河合隼雄氏が座長として、まとめた「21世紀日本の構想」懇談会。その報告書をあらためて読むとこの時代に「NPOの登場」「地域教育」「異文化交流」など多くの課題と提言が進められ、今があることがわかります。
ただ、その反面、「NPO」は形だけで、その当時のビジョンを形にするというよりは、行政からの委託業務の受け皿機関に成り下がってしまい、その民間と地域の知恵と住民の力の結集が果たせていない点や、教育では、公教育という方向性だけでなく、地域での社会教育との両輪の必要性から、その後、提唱された「コミュニティスクール」も公教育の簡易支援策となっています。
本来の社会教育を「協治」という概念で行政のみに頼らず、地域の力で新たな創造をという構想では、こうした意識が後退して、現状の公教育の補完・附属機関程度のものにしかならないままでいます。

この20年を経てのこうした現状を河合先生はどのように感じられるのかと思うと情けない気持ちでいっぱいになります。もっと、しっかり注視して、その道筋を支援し、推進・実現のための努力を続けなければいけなかったと反省しきりです。

「まだ、遅くないから、本気を出しなさい」というのが、多分先生の今を見てのコメントでしょう。
風土知研究での先人の知恵を学ぶー司馬遼太郎編「この国のかたち(一)」での第二章「朱子学の作用」を一体どのように展開しようかと考えていたのでうが、ようやく、公教育の学び直し講座での「教科横断」という試みに「歴史」と「道徳」をつなぐコンテンツでという決断ができました。

どうも司馬先生の「尊王攘夷」への視点をそのまま、歴史で教えるだけでは、「この国のかたち」の一連の論理の流れ上は良くても、歴史一辺倒では、なにか物足りない気がしていたので、なんとなく、すっきりしました。

司馬先生が存命でしたら、多分、今の道徳教科を知って、この章から、「江戸」から明治へ、西洋の教育が流れ込む中に「儒教と朱子学」の亡霊が成した仕事のようなものを感じ取って、同じように考えていただけたのではないかと思えます。
また、現在、孔子「論語」を教えるべきという輩が登場しているようなので、異文化交流の入口としてもイスラム世界のイスラム法理解への入口としても活用できるような気がしてきました。もちろん、白川静先生の漢字学にも協力してもらい。「道徳」を解題できたらという思いです。
昨年から、小中学校の教科書への大人の理解と世代間教育環境の共有という計画を進めています。
毎年、小金井市で採択される教科書を調査するようになって、その公教育のその一つの活動として、基礎となる教科書と学習指導要領のひどさを実感するようになりました。

このサイトの風土知研究で先人の先生たちのコンテンツを地域社会教育へ展開したいと考えながら、そのコンテンツを整理しているとその内容の乖離に愕然とします。
幸せな大人としての生活のための「教育」でなく、働くための「大人づくり」の教育がいかにとんでもないものを生んできたかを実感する毎日です。

新たに、「六部塾」での以下の実施計画をする必要性があると決断しました。
http://www.ku-gai.com/modules/fuudo/index.php?cat_id=254
20年以上も昔の故河合先生が中心となってまとめられて「21世紀日本の構想懇談会」の報告書を読むと、いかに当時この報告書の大事な骨となる部分を理解できずに、実現可能な「非営利法人の活用」「国際化教育の重要性」「民間の教育への参入」など、企業や地方自治体が実現可能な範囲の提言のみが進められ「多様性の享受」「地方に自立」「統治から“協治”へ」「家庭・地域教育の遅れ、不足」などという実現が難しそうなものは後回しにされ、現在にいたるかが見えてきます。

各分科会の報告もしっかり読み込んで、もう一度、この構想の意味を再認識して、歩み直すことが必要です。そう思っているのは、私だけかもしれませんが。
このサイト内では、こちらでその報告書の概要をご覧いただけます。

外出自粛期間の文献研究

カテゴリ : 
酒日記 » 地酒の幸福
執筆 : 
KKousaka 2020-5-25 12:00
小金井市での酒販店ヒアリングが止まっているこの期間に「酒販店文化研究」を少しずつ書き足しています。ついつい後回しになっていた基礎的な酒屋・酒店の誕生史を整理してみようと思います。

http://www.ku-gai.com/modules/torimizu/index.php?cat_id=10

角打ちの記憶 1980年代篇 その4

カテゴリ : 
酒日記 » 地酒の幸福
執筆 : 
KKousaka 2020-5-24 8:17
もう一カ所、良く角打ちで伺う酒店がありました。
立川駅南口の「関田酒店」さんです。
いつも、手書きの酒にまつわる話や「利き酒会のお知らせ」などを郵送してくれました。その手書きの郵便が届くと立川まで出かけ、店頭で話を聞きながら、角打ちして、酒を買って帰るということが20年以上は、続いたと思います。

以下にその手書きレターをご紹介します。

<利き酒会の案内>


<日本酒文化の紹介>

まだ、20代後半という頃(1980年代前半)に池袋の甲州屋酒店さんの児玉光久さんに教えていただいた「角打ち」が自分の日本酒人生を楽しくさせてくれたこと思い出して。

当時、まだ、八海山が東京ではそれほど知られておらず、児玉さんは、一生懸命、来店し客に以下の「週刊読売の八海山の紹介記事」をコピーしえ、説明していたことを思い出します。当時のコピーが見つかったので、以下にご紹介します。1981年当時のものです。

<B5半の2P、B4のモノクロコピーに甲州屋さんの印が押されたものです>



寒梅に追いつき、追い越せという内容で、当時の南雲社長にもインタビューしています。今の八海山の人気を考えると隔世の感があります。

江戸の酒の「隅田川諸白」の記事を更新

カテゴリ : 
江戸散歩
執筆 : 
KKousaka 2020-5-23 16:48
久しくできていなかった「江戸の酒」のコンテンツ更新をしました。2002年の醸造協会雑誌に第97巻11号にあった加藤氏の「城下町の銘酒(その2)」にあった「隅田川諸白」の情報を掲載しました。
http://www.ku-gai.com/modules/torimizu/index.php?content_id=70

次回は、四方瀧水のコンテンツを作成する予定です。
東京学芸大学のインキュベーションセンターが推進するExplaygroundに関わってみて感じるのは、既存の文部科学省などの放課後プログラムとか、地域連携のためのコミュニティスクールなどの路線を外れるプロジェクトの少ないことです。
例えば、口では、「インクルーシブ教育」といっていて、多様な個性の子どもをというイメージのみで、同年代の障害者は視野に置いていますが、多世代との学習環境、空間、時間、コンテンツの共有という発想は、ほとんど無しです。大人と一緒、おじいさんと一緒などということは想像もできていないというのが実態です。公教育での小中学校での教育という枠組みから外れることがないからでしょう。既存の公教育の視点から、ほとんど転換できていないのが実感されます。
それぞれの世代は、同じ空間に生きているのにまるで別な世界で生きているかのような教育環境が現出します。教える、語る存在としての「教える側」の生き方も内包できないような教育や相互に学びあう環境無しには、破城こそすれ、発展できないのがなぜ、理解できないのでしょう。

故河合隼雄先生が「仕方ないね。その今と付き合っていくことが大事。気長にやりなさい。」と笑っておられるのがわかります。