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【昭和の小金井桜】

小金井桜の昭和の歴史を関連するだろう大きな節目で見ると以下のようになります。

大正3年(1914)に小金井・小平・武蔵野・保谷の4村有志が「小金井保桜会」を結成し、管理団体の東京市と一体となって地道な保護活動を続けた。

昭和11年に小金井保桜会が活動中止。
<第二次世界大戦>


<戦後>
昭和29年には五日市街道が拡張工事で全面舗装に。邪魔になった桜は伐採される。


昭和38年には上水堤に歩行者用安全柵が全部に設けられる。

昭和40年(1965)に、淀橋浄水場が廃止され、小平監視所より下流の水流が止まると、法面に雑木が繁茂し出し、景観が大きく変わる。

<保全活動へ>
平成5年に東京都教育委員会が「名勝小金井桜現況調査」を実施して、桜1,304本を確認する。

平成11年に東京都の歴史環境保全地域に指定される。

平成12年には、小金井桜の危機を憂いた北上市が86年ぶりの里帰りとして、北上で育てられた小金井桜の後継樹200本を贈っている。

石田氏は、父親の進氏が陸軍技術本部に勤務し、小金井地区の整理を戦後に担うことになってから、小金井との関係ができるが、本人自体は、転勤が多く、実際に小金井に住んだのは、娘が高校卒業して以後とのこと。尚且つ、小金井桜の保全へと関心が高まったのは、退職(平成4年)後に小金井桜のセミナー(平成7年開催)を受け、その仲間と「名勝!小金井桜を親しむ会」を結成(平成8年、初代会長は大久保慎七氏)して以後。
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