【中山谷と中町という地名を考える】

先ず、幾つかの地名文献から、その説明を紹介します。

<東京地名考(下)、朝日新聞社会部編集、より転載>

中町の部分のみを抜き出して、以下に転載します。

中町(なかちょう)

市政施行の翌昭和34年に大字小金井、小金井新田の一部ずつを集めてできた。江戸時代以来、町内の北部一帯が俗に中山谷(なかざんや)と呼ばれた。その中をとって、命名された。今出来の中町とはいささか違う。
市内には、国分寺崖線(がいせん)と呼ばれるガケ(はけ)を境に南側の野川沿いの低地と北側の武蔵野台地にだいたい二分される。
江戸時代から低地の湧水地を下野、高地の非湧水地地帯を山谷(野)とも呼び、西から上山谷、中山谷、下山谷といっていたらしい。

山谷の意味は、地名学者によると雑木採集場ないしそこを開墾した所などとしている。しかし、歴史は古く、ここから前原町にかけての西之台遺跡、一、三丁目の中山谷遺跡などからは、二万七、八千年前の石器や縄文中期に至る土器、集落跡などが発掘されている。
中町は、これら遺跡群の地層の上にあり、小金井発祥の地のひとつとされる。(後略)


<転載、以上>

次には、小金井市の史料である「小金井市の歴史散歩」から、町名解説を以下に掲載します。

<小金井市の歴史散歩より、転載>

中町(なかちょう)

はけと野川にはさまれた谷戸(やと)地域は、江戸時代の下小金井村の中心地で、中山谷(なかざんや)と呼ばれていたことから、中山谷の“中”をとって、中町とした。


<転載、以上>

中山谷という地名がでてきます。この中山谷についての説明は、歴史散歩には記述されていません。
「山谷」という名称をより、詳しく調べてみます。


【山谷】とは

Wikipediaの情報から、東京地域での「山谷(さんや)」に関する情報(特に、東京エリアでのもの)を以下に転載します。山谷と書いて、「さんや」と読む地名は、東京に独特なようです。新潟に、山谷とかいて「やまや」と読む地名はあるようですが、このさんやという読み方は東京に特徴的なようです。


<Wikipediaより、山谷(さんや)とは、特に東京都に限って>

「山谷」と書いて「さんや」と読む地名は複数存在するが、現在、最も広く知られているのは、東京都台東区と荒川区にまたがり、現在ではいわゆるドヤ街となっている地域を指すものである。町丁名には使われていない。

山谷 (東京都)

『山谷─やられたらやりかえせ』は、1980年代の山谷を描いたドキュメンタリー映画、およびその監督の遺稿集。

その他の山谷(さんや)
以下の例がある。

神奈川県横浜市南区山谷
茨城県つくばみらい市山谷

また、以下は全て東京都内の過去の地名の例。

山谷河岸

中央区日本橋箱崎町付近。箱崎川の旧河岸名。「三谷河岸」とも。「山谷堀」を経て吉原遊郭へ行く「山谷船」の船宿にちなむ。「稲荷河岸」とも。

代々木山谷町

現在の渋谷区代々木三〜四丁目付近に相当する。区立山谷小学校があり、付近を代々木山谷通りが通り、小田急線開通当初は山谷駅が設置されていた。かつて新日本製鉄の寮であった同社の代々木研修センターは、今も社内で「山谷寮」「山谷」と通称されている。

世田谷区北沢四丁目、東北沢駅付近

「下山谷」という字があった。下北沢地区には、他に「大山谷」などの字もあった。[/b]

大田区大森附近

京浜急行電鉄本線大森町駅のある位置には、かつて「山谷」駅(後に「大森山谷」駅と改称、廃止)があった。

北区田端新町三丁目、旧小台通り付近

明治時代の「下田端字山谷」にあたる。

<転載、以上>

<この項、続く>
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中山谷・中町二丁目