【「私案抄」とは】


三鷹の深大寺の公式サイトによると、

「室町の初期、深大寺には文筆に秀でた僧「長辨(じょうべん)」が住し、深大寺のみならず広く多摩川各地の社寺豪族の勧進、施入、祈願、諷誦を依頼されては大いに筆を振るいました。その文集が『私案抄』です。」

さらに
「この長辨に関しては、現本堂の本尊、宝冠阿弥陀如来像胎内に重要な墨書があり、長辨が永享八年(一四三六)にこの像の修補を行ない、法印という僧階に叙せられ、深大寺の第五十二代住職となったこと、また当時の深大寺には、天台止観の修行道場である常行堂が存在していたことが判明しました。
はたして当山の寺運盛んなりし時について『縁起』には「十二の塔頭(たっちゅう)無常道場・別所等はしはしありて顕密の法伝わり、いよいよ昌み、いよいよ尊ぶ」とあります。今も深大寺周辺には御塔坂、絵堂といった地名が残されています。」とされています。


中世の多摩地域を知る上で貴重な史料でもあり、研究する必要のある史料です。閲覧する場合は、調布市の市史研究資料の靴箸靴討海痢◆峪箘鴇供廚刊行されています。インターネットで閲覧したい方には、国立国会図書館のデジタルライブラリーの続群書類従の百三十三が公開されており、こちらからも実物をご覧いただけます。もちろん。読むには調布市の史料の方が読みやすいとは思いますが、実際にどのようなものかを感じてはいただけると思います。

機会があれば、目を通していただければと思います。この項でも、このサイトでもこの史料を入手して、研究していきたいと思っています。


<この項、作成中>
プリンタ用画面
友達に伝える
投票数:5 平均点:4.00
カテゴリートップ
時代ごとに重要となる地域知の資料、史料を知る
次
郷土史史料:昭和「多摩(多麻)史談(後に東京史談)」