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「イスラム思想史」を読む その1

井筒氏の著作集の「ムハンマド伝」を一度離れて、氏のエッセイ集「イスラム思想史」をご紹介します。イスラム思想の概略を頭に入れておくのには非常にコンパクトにまとまったエッセイで、1944年とかなりの初期に弘文堂書店の「世界史講座第五巻“西亜世界史”」に収められたものです。

氏はこのエッセイでムハンマドの預言者として提示したコーランが初期の回教法ではあったものの、その後、回教法基礎となる4つのうちの重要な基礎となる一つではあっても、実際上は、第2「スンナ」、第3「イジュマー」の基礎の方が重要だと以下のように指摘されています。


<「イスラム思想史」より、転載>

回教法第二の基礎は、「スンナ」である。コーランはその編纂の性質上、またこれを残したムハンマドの性格上極めて非論理的で、法律的な問題についても互いに矛盾する章句が少なからずある。その場合両方ともコーランの聖文である以上それ自身としては同資格であって優劣を決しえない。
そこでムハンマドが在世中に実行した慣行、すなわちスンナがそれを裁決することになった。のみならず、新社会情勢の発展に伴って続々と発生してくる無数の法律的問題の解決をコーランに聖文としては無いけれども神の使徒は此の種の問題に対してはどういう事を行ったか、またどんな命令や禁止の言葉を発したかというのがコーランの捕捉解釈のために絶対必要と認められるに至った。

従って回教初期の学者たちは挙ってスンナの蒐集に努めた。
スンナを記録したものを「ハーディース」という。回教発生後二、三百年のうちに多くのハーディース集が作られたが、ブハーリー(歿年、回暦256、西暦870)、ムスリム(歿年 回歴261、西暦875)、アブー・ダウード(歿年 回歴275、西暦888)、ナサーイー(歿年 回歴303、西暦915)、ティルミジー(歿年 回歴279、西暦892)、イブン・マージャ(歿年 回歴273、西暦886)の6人が夫々編纂した六ハーディース集が「六冊の正しき書」と言われて、公認のごとき形をとり、特に最初の二冊、すなわちブハーリーのものとムスリムのものとは「二つの正しき書」として後世殆んど神聖視されるに至った。

ハーディースというものの権威が一般に認められるに及んで回教は思想的に著しい発展の可能性が与えらるることになった。回教が、コーランに代表されるところの原始宗教ともいうべきものから全く違った方向に発展していくことがdけいたのも偏えにハーディースの力によるもである。

(中略)

かくのごとく、回教法の第二の基礎たるスンナ同時に回教そのものの最も重要な基礎であるが、回教法のみを論ずるならば、これよりよりも更に第三の基礎「イジュマー」の方が上である。
イジュマーとは法学者の一般的意見の一致を言う。イジュマーが回教法の基礎として認められたのは勿論コーランやスンナより後のことであるが、その事実上の権威に至っては前二者は遠くこれに及ばない。実に回教法なづものの拘束力は全くイジュマーに基づくものであって、これ無しには回教法は存在しえないのである。

よく引用されるムハンマドの言葉に
「我が教徒等は誤謬に就いて意見の一致を示すことはないであろう」というのがあるが、この有名な言葉は、裏から解釈すると、回教徒の意見が一致した場合、それは全く真理であるという意味にとることができる。回教宗団は始祖の此の言葉を有力なる根拠として遂に自己の全体無謬性を堂々と強調するにいたった。

(中略)

ただ、イジュマーには一つの避けがたい弱点があった。それは回教徒の意見の一致とか、回教宗団の無謬性とかいう場合に、回教徒とか宗団とかの語は極めて曖昧で、その範囲が全然不明だることである。回教徒とは何処の回教徒であるか、または単に学者を意味するのか、それとも一般大衆をも含めるのであるか、一体回教法学の本源はメディア市にあるので、最初は、メディア回教徒が一致したものはただちに真理であるとされた。然るに後、メッカも自己の権利を主張するに至って、メッカ、メディア両市ということになった。そして、更に後になるとイスラムの行われる全土にまでその範囲は拡大された。併しそれにしても、その地域の回教徒全体の意見が一致しなければならないのか、ただ回教法学者だkでよいのかも色々議論された。

若し、イジュマーが、あの広大なイスラム全土の、老若男女、学あるものも学なきものも凡そ回教徒と称する人々全部の意見の一致をまって初めて成立するというのならば、事実上イジュマーは有ってなきが如く、何等の価値も持ちえないであろう。かくして、イジュマーの範囲については、回教法学諸派の始祖夫々に見解を異にしている。


<転載、以上>

そして、第4の基礎とされる「キヤース」もその「類推」という意味の基礎についても「或る事件に対する直接の解答がコーランにもヘディースにも見出されないが、その事件に類似せるものに対する解答が明文を以って与えられている場合、後者から類推して前者に判定を下す論理的操作」と説明されています。そして、この基礎は、回教法学者全般に承認されるのに長い年月を要したが、今では全然信用せぬ人は無い状態にまでなったことを伝えています。

その上で、こうした四つの基礎をどのように認めているかで、異なる回教法学の諸派というものが発生したことを以下のように説明されています。


<イスラム思想史より、転載>

以上の四つは回教法の四基礎であるが、決して全ての法学者が此等四つを全部同じ程度に認めていた訳ではない。
或る学者は一を重要視して四を無視するとか、又或る者は二と三とを重んじて他を顧みないとか、色々人によって行き方を異にしていた。しかるに此の差違が時と共に次第におおきくなって遂には意識的に対立を示すようにもなった。かくして所謂回教法学諸派なるものが発生した。
此の学派のことをアラビア語で「マズハブ」という。マズハブとは「行き方」の意味る。すなわち此等は単に「行き方」の違いであって、本当の意味の学派ではない。併し通常人はこれを学派と呼んでいるからここでも学派としておく。


<転載、以上>

さらに回教正統四学派があることに言及し、それぞれを解説されています。この四学派については、次の項目でご紹介していきたいと思います。

<この項、了>
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