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小金井の風土で親子で体験、語り合うコンテンツを探す試み:その1>「小金井の和算塾と算額」

この項では、前項目までの「おじいさんに聞いた話(トーン・テレヘン著)」で学んだ、世代を超えた物語の楽しさをさらに「小金井という風土」を基盤に親子、祖父母と子で風土学習として展開していきます。

この試みは、入り口は、オンライン学習で可能ですが、実際には、市内や近郊への親子での散策へと発展させていくことが重要です。

実際に風土紹介をしている小金井の行政や市民活動などと連携させるなどして、より深い郷土理解へと発展させるということも重要だな風土学習となります。以下、その事例を展開していきます。

その1:小金井市の風土紹介を進める小金井市観光まちおこし協会(こちら)のブログ「まろん通信」での各寄稿者の記事を入り口に地域の風土学習を親子で体験してみる。

今回は、同ブログ「まろん通信」のこちら
寄稿者「レキGさん」の記事を素材に「算額」探索をしてみましょう。


<小金井まちおこし協会のブログ「まろん通信」のトップページとレキGさんの投稿を以下に転載して、ご紹介します。2020年5月21日のトップ>


<転載、以上>

この投稿は、山の神という緑町3丁目の祠の紹介ですが、その祠を立てた小金井村初代村長になった渋谷清吉さんの父親の渋谷福次郎勝治さんが府中の大國魂神社に奉納した「和算額」も紹介されています。

今回は、この和算額をこの地域の文化として、さらには江戸時代から続く日本文化の一つとして探索する体験です。この投稿にもあるようにこの和算額は、絵馬の形で奉納されたものの一つなのです。出典として、記載されている『多摩の算額』(佐藤健一著、1979年刊行)は、こうした和算の江戸時代の流行とこの多摩地域での発展を研究した著作です。
小金井市立図書館にも武蔵野市立図書館にも所蔵されているので、後日是非、手に取ってみてください。

その2:一緒に遊ぶ「和算」の発見という展開<風土史は第2段階として、まず遊びという場合>

この展開は、実際に
A:「和算を家族で一緒に楽しむ」という展開
と高学年、大学生向けには、
B:「江戸期から明治期に維新での西欧文化流入で独自に発展できなかった日本文化の再発見
(実学としての農業などから発展した中国などからの影響かで発展した文化遺産)

というテーマでの展開も可能です。


これらのテーマのどちらを選ぶことも可能です。
先ずは、そのどちらの展開でも必要となる情報素材として、「和算」のオンライン学習素材を提供しているサイトを以下にご紹介しましょう。

最適なものとして、今回ご紹介するオンライン上での学習素材は、
国立国会図書館で提供している「江戸の数学」という情報サイトです。

貴重な江戸期の発達した和算の資料をアーカイブとして所蔵する国会図書館の素晴らしい試みです。今回の学習は、このサイトを利用してみましょう。


<「江戸の数学」のサイトトップ画面、国立国会図書館より転載>

<転載、以上>

先ず、「はじめに」という項目にある「年表」を開いて、見渡して、その発展史を概観してみてください。

その後、Aの展開としては、

和算に「家族でチャレンジする」といった学習をお勧めします。

今回のこのコーナーでは、Bの展開については紹介せずに、別途、「明治維新での工学教育の歴史」というコンテンツと一緒に別コーナーでご紹介する予定です。

このサイトの情報はかなり多岐にわたり、かなり専門的なものも多くあります。家庭学習用には、
「和算の歴史の第4章」にある「実学としての和算」にあるコラムの測量(検地)の方法をおすすめします。

この章を親子で一緒に読んでいく方法が良いかもしれません。和算の簡単な問題や説明もあるので、大人は事前に学習しておいて、後から子供たちに紹介するのが良いかもしれません。案外、子どもたちの方が頭が柔らかいので理解は早いかもしれません。要注意です。色々、試してみてください。昔の人の実学としての「測量」「検地」の必要性も歴史学習へとつながる要素となる筈です。


さて、いよいよ次は、小金井の風土史へのお誘いです。

その3:和算額の奉納と初代村長の渋谷清吉さんと父親の福次郎氏の物語を探るという展開<風土史の入口へという場合>

上記の算額についての江戸時代の文化としての学びを別と並行して、このサイトでの「おじいさんに聞いた話」という世代を超える物語を考えてみましょう。

まず、小金井村の初代村長の渋谷清吉氏の父である「渋谷福次郎勝治」という人物が算額を大國魂神社に奉納したということから、その小金井村の初代村長だった清吉の子どもに語る話を想像してみましょう。
おじいさんは、算額を奉納したんだと語る父清吉に当然、なぜ、祖父はそんなことをしたのかを子どもに語るというシーンを想像できます。

一体どんな話だったでしょう?このことを想像するためには、祖父福次郎と父清吉の時代と文化を知る必要がでてきます。
以下の江戸幕末の小金井村での算額とその後の市町村合併で明治後期に小金井村が成立するまでの渋谷家の時報を想像する旅にご案内します。


Step1:資料探し

一体、どこを探せば、この物語が明らかになってくるのでしょう。福次郎氏が語る物語があるのなら、それで解決するのですが、そうはいきません。
ここは、もし福次郎氏が書いたとしたら、どんな物語だったのかを探索することで描き出していこうとする場合、どんな資料が必要となるでしょう。以下は、その選んだ資料です。

1)Web上での検索
2)小金井市の歴史資料文献「小金井市史・通史編」(昨年、小金井市で発行したばかりの小金井市史の最新版です!)、「多摩の算額(佐藤健一著)」(小金井市立図書館にも所蔵されています)


以下、ネット検索や小金井市の歴史資料文献で「渋谷家の物語」を調べていきます。


<Web検索から>

<小金井村の成立>

〇1889年(明治22年)
町村制施行により、(旧)小金井村・貫井(ぬくい)村・下小金井新田・梶野新田・関野新田・十ヶ新田および下染屋村・押立村・人見村・是政村・上石原村・本多新田の一部(飛地部分)が合併し、小金井村が誕生。

〇1893年(明治26年)
三多摩が神奈川県から東京府に移管されたことにより、東京府北多摩郡小金井村となる。

<「小金井市史・通史編」からの探索>

市史での和算についての記述は、渋谷清吉の父の福次郎を考えると幕末(近世)の教育に関する章を調べる必要がありそうです。以下に通史編の第七章「村の教育・文化・武芸」から、渋谷家(代々医者の家)に関する部分を以下に転載して、ご紹介します。もちろん、この渋谷家以外にも土地の有力者として「渋谷久松氏」「(算額を奉納された)渋谷福次郎氏」の情報も江戸末期から明治期の小金井村の産業についての章には度々、渋谷家の情報が登場します。緑町、小金井村に渋谷姓が多かったのかもしれません。



<「第一節 教育の普及」より転載、部分>

渋谷家塾

渋谷家は古くから下山谷(緑町)に住み、初代貞安以後、安益、安斉、安義、安正と代々医を業としていた。
幕末頃の三代目安斉は、長崎で蘭学を学び、名医のほまれが高かった。文政三年(1820)頃、安益、安斉は二代にわたって付近の子弟に学問を教えた。安斉は、明治14年(1881)私立渋谷小学校設立を願い出たが、実状に合わず実現できなかった。


<転載、以上>

この私立渋谷小学校については、明治期の教育に関する同市史の371P「第二項 学校教育の整備」にある「私立渋谷小学校の設立計画」にも詳細な記述がありますので、読んでみてください。その小学校の設立趣旨は、公立小学校は教育内容が高尚すぎて、資産が中等以下の農家の子弟には退学するものが多く、結局学んだ読書、算術なども無駄になってしまうことと、同村の公立小学校は南側に偏った位置にあるため、幼少のこどもが遠くから通うのは困難なことを挙げていたようです。

渋谷安斉はその後、自由民権運動が盛んだった時期には、地域結社自治改進党も加入し、医師としては、小金井村に私立病院を設立したようです。その後、北多摩郡医会会長や小金井村医、東京医会北多摩支部長などを歴任した人物だったようです。明治5年には、福島県の須賀川医学校で教鞭をとり、その生徒には、政府の要職につく後藤新平もいたということです。

次に、幕末の和算について、同市史に書かれた部分から、当時の算額奉納などの背景を見ていきます。同市史の村の教育・文化・武芸の第三節「村の和算」(307P)から、以下に転載して、ご紹介します。


<村の和算より、転載>

慶応元年(1865)小金井村の鴨下春良と47名の弟子により府中六所宮に掲げた算額が現存しないが、算額の内容は、『国府算額』から解る(近世 347)。
鴨下春良の本名は、寅吉、黄水と号し『国府算額』の序文を川北朝隣に依頼している。川北は、法道寺善とともに関流宗統六伝内田五観の高弟で七伝を継承する。序文によれば、鴨下春良は内田五観に師事しており、鴨下の門弟の題術を内田に選んでもらい、内田の命によって川北が序文を書いた。内田五観の六伝、川北朝隣の七伝とは、関流の宗統を継承した順番のことで、鴨下春良は関流の継承者から和算を学んでいる。


<転載、以上>

この国府算額についての情報は、小金井市史の資料編でもみることができるようですが、ネット上でも
国文学研究資料館(こちら)にある電子資料館の日本古典籍総合目録DB内、館蔵和古書目録DBでみることができます。確か東北大学の和算資料の中にあったと思います。
小金井からの奉納者の名前に渋谷久松、渋谷福次郎などの名前も確認できました。

その成立の経緯や目的は、地域の有力者や文化人による算額奉納という当時の活動を詳しく調べてみると良いかもしれません。小金井市史にもその一部は紹介されています。
残念ながら、まだ「多摩の算額」という著作については、外出自粛と図書館休館の今は、ご紹介できませんが、後日、調べてみたいと考えています。

祖父渋谷福次郎は、子どもである清吉や孫に自分の和算塾での鴨下氏との交流や算額の奉納などについて、語ったのでしょうか?土地の有力者としての行為やその当時の和算が農家での実用的な検地、測量などの目的から使われた側面を超えて、学問として、楽しまれた背景などが伝えられていたとしたら、素晴らしいことですね。


このコンテンツは、基本、講座などの際にプロジェクターなどでWeb上のこのコンテンツを映し出して講義できるように設計しています。
ただ、そうした方法をさらに発展させる可能性のあるのがオンライン学習かもしれません。

オンライン学習、特にWeb会議形式などの場合は、それぞれの参加者が資料(小金井通史や「おじいさんに聞いた話」などの著書)をお互いに手元で観ながら、「ここがああだ」「ここが特に面白いなど」と)話を弾ませることも可能になります。当然、講師への質問時間なども貴重な時間となりうるような気がします。

是非、Web会議形式のセミナーを設計する方が増え、こうしたコンテンツを自由に利用していただければと思います。


<この項、了>
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