トップ  >  酒雑学、備忘録  >  季節の酒・年中行事と酒  >  3月・白酒 その3:江戸時代中期に登場した江戸の「白酒」
江戸の白酒
とはどんなものだったのでしょう。

先ず、前の項でご紹介したAll Aboutの三浦康子さんの「暮らしの歳時記」での説明をご紹介しましょう。

<All Aboutより転載>

白酒を子供が飲んではいけません。家庭で作ってもいけません

白酒とは、蒸したもち米にみりん、または米麹と焼酎などを混ぜて仕込み、約1ヶ月間熟成させた後にすりつぶして作られたもの。アルコール度は10%前後で、甘みが強く、酒税法上ではリキュールに該当します。

…ということは、いくら甘くて飲み口がいいと言っても、お酒ですから子供は厳禁。「子供の頃から白酒が好き」という方は、同じような甘酒と勘違いをしているか、年齢的に禁断の飲み物に手を出してしまっているかのどちらかなのです。

また、大人であっても白酒と甘酒を混同している人が多く、「家で作って…」という方は、甘酒と勘違いしているようです(白酒は家庭では作れません)。

江戸時代に誕生した元祖・豊島屋の白酒が今でも飲めます!

『江戸名所図会』の一部。豊島屋の前に医師ととび職が待機しており、殺到する客が怪我をするのに備えている様子も描かれています。
ひな祭りと白酒が結びついたのは江戸時代。『江戸名所図会』にも「鎌倉町豊島屋酒店 白酒を商う図」として紹介されており、ひな祭りの時期になると、白酒を求める人が遠くからも押し寄せて夜明けから店の間に並んでいたということです。

話によると、初代の豊島屋十右衛門の夢枕にお雛様が現れ、白酒の美味しい作り方を伝授されたのだそうです。それが江戸中の評判となり、徳川将軍も愛飲されるようになりました。こうして、独特の粘りと甘みで飲み口もよくて女性にも飲みやすい、白い色で桃の花との対比もめでたいということで、ひな祭りに白酒を飲む風習が全国に広がっていきました。

■豊島屋の白酒
……江戸時代とほとんど変わらぬ製法の元祖・白酒を今でも販売しています!(季節の人気商品のため完売次第終了です)

<転載、以上>

そうして、豊島屋の白酒の画像と「江戸名所図会」に描かれた「鎌倉町豊島屋」の絵を紹介しています。「豊島屋の白酒」のリンクからは豊島屋には現在では、飛べなくなっており、豊島屋のサイトは、こちらから行くことができます。
このサイトの「歴史」というページにこの白酒のことが詳しく書かれています。
少し長くなりますが、以下にその部分を転載しておきます。

<豊島屋本店公式サイトより、転載>

はじまり

時は江戸、慶長年間(1596〜)と言えば、太閤秀吉の晩年にあたり、徳川家康が江戸に入り、江戸城も大改修の時期を迎えていました。
その城の外濠、北岸は江戸湾から隅田川、日本橋川と入って、石垣の石材などを陸揚げする鎌倉河岸(「江戸切絵図」では竜閑橋と神田橋の間、鎌倉町。現在の千代田区内神田二丁目)で、初代豊島屋十右衛門(としまやじゅうえもん)がお城の普請で集まった多くの武士、職人、商人達をお客様に、酒屋、及び飲み屋を始めたのが、豊島屋のおこりです。
当時は、まだ、関東ではよい酒を製造する技術がなかったため、“下り酒”と呼ばれる、関西から船で運ばれてくる酒が一般的でした。そこで、“酒屋、及び安くて旨い酒を提供する店”を開き、酒の肴として、美味で、特別大きな田楽を販売して大評判となり、大いに繁盛したのです。
その評判ぶりは、「田楽も鎌倉河岸は地物也」と、当時の川柳にも詠われ、「ひろめ屋」(昔のチンドン屋)は、「昔徳川入国のその以前より草分けと、人も知ったる豊島屋は……、すなわちこれが自慢の白酒……
憂きを忘れる弥生空、雛の節句を当て込みに、今年も売り出しいたしますれば、えいとうえいとうお求めを……」と、大太鼓と笛の口上で道行く人々の心を掻き立てました。

村上元三氏の『六本木随筆』には、
「神田鎌倉河岸の豊島屋が、酒問屋としても古く、酒ばかりでなく、荒物屋、金物屋など河岸に並んだ店は、全て豊島屋の一家なので、そこを豊島屋河岸とも呼んだ」
とあり、その繁栄ぶりがうかがえます。

白酒誕生秘話

ある夜、豊島屋十右衛門の夢枕に、紙雛様が立って、白酒のつくりかたを伝授し、その通りに醸ってみますと美味しい白酒が出来たとされました。
十右衛門が桃の節句の前に売り出したところ、大いに江戸中の評判になり、「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」と詠われるまでになりました。

江戸の華、豊島屋の「白酒」

天保七年(1836)、長谷川雪旦が『江 戸名所図会』に三井呉服店と共に描き、
「鎌倉町 豊島屋酒店白酒を商ふ図  例年二月の末 鎌倉町豊島屋の酒店に於て雛祭の白酒を商ふ 是を求めんとして遠近の輩黎明より肆前に市をなして賑へ り」
と説明し、その繁盛ぶりを鮮明に描きました。
櫓(やぐら)には医師と鳶(とび)職を待機させ、白酒を求めに殺到する人々が怪我をした場合に備えています。また、高張(たかはり)提灯を立て、大樽、 手桶を積み上げて、広い間口を竹矢来で囲っています。店の前に大看板を立て、白酒売出しの時は「酒醤油相休申候」と大書きしてあります。
「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」と詠われるほど、豊島屋の「白酒」は江戸の名物となりました。
初春(2月)の白酒の売り出し日は、1,400樽という膨大な量を、売り上げたと伝えられています。
こうした豊島屋の店頭風景は、前出の「江戸名所図会」、廣重の「絵本江戸土産」、及び「狂歌江都名所図会」等に描かれ、豊島屋の歴史はそのまま日本の文 化史のひとコマでもあります。

<転載、以上>

<早稲田大学の文献データベースにある「江戸名所図会」からの画像>


<上記画像のPDFは、こちらからご覧いただけます

現在、豊島屋さんでは、白酒は、1月末から販売されています。公式サイトからつながるオンラインショップで購入が可能です。公式サイトにある白酒の商品解説ページからもオンラインショップに行くことができます。

商品解説には、
豊島屋の白酒は、江戸時代から変わらぬ製法で今も石臼挽きにて造られています。
蒸したもち米に麹を入れて、味醂の中に仕込みます。
そうして出来たものが、もろみです。
もろみを石臼で細かくひいて、とろみをつけて白酒の出来上がりです。
白酒は、酒類リキュールとなり、アルコール分を含んでおりますので、
お子様に与える場合は、牛乳やお水で割り、薄めたものを少量お飲み下さい。
とあります。180mlで500円(税込)というお値段です。

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