酒文化以前にその土地の「食文化」を知っておく必要があります。時代ごとにその地域の文化を紹介する文献資料があります。ただ、古代は、その数も少なく、あっても支配層の食生活を知ることはできても、地域独自の食文化はその一部にしか、見ることができないのが実際です。それでも手がかりにはなります。

その昔、「武蔵の国」と呼ばれた関東にはどんな食文化が花ひらいていたのでしょう。そうした食文化を知るための文献を見つけてきます。

古代の武蔵国の文献は少なく、古風土記では、常陸国風土記が唯一、奈良時代の広範囲な関東地域の地誌を知る文献として参考になります。

その後、江戸時代に編纂された新編武蔵国風土記
もその地の庶民の文化を遡って反映しているという意味合いでは、参考になります。もちろん、支配層と異なり庶民文化は大きく変化はしておらず、その土地に根ざすものとして続いてきていると考えられるからです。

その意味では、
農山漁村文化協会(農文協)の日本の食生活全集 全50巻は、おばあさんからの聞き書きで、各県の風土と暮らしから生まれた食生活の英知、消え去ろうとする日本の食の源を記録し、各地域の固有の食文化を集大成する。救荒食、病人食、妊婦食、通過儀礼の食、冠婚葬祭の食事等を編集したものとして、参考になる文献といえます。

この全集の第13巻の「東京の食事」(1988年発行)は、
昭和初期、巨大都市・東京人は何を食べ、どう暮らしていたか。下町と山の手、都市部と農村部に目配りしつつ、深川・本所・日本橋から世田谷・葛飾・大森・奥多摩・伊豆大島などでの四季折々の食事の世界を再現したものです。



この文献では、「下町の食」などの都市部の食は時代背景とその影響下から、取材当時の江戸以降の食文化に関わる内容として捉えるほうが良く、この江戸以前の時代の食文化カテゴリーでは、以下の目次にもある「武蔵野台地の食」「武蔵野の食」「多摩川上流の食」「奥多摩山間の食」などが主に参考になると考えました。

目次の詳細は、以下の通りです。

<市域の四季と食事>
深川左官職人の「食の歳時記」
浅草駒形のかばん職人夫婦の四季の仕事と食べもの
日本橋人形町ハイカラ女学生の四季と食べもの
大崎町地主一家の農業と食べもの

下町の食
山の手の食
大森海岸の食
水郷・葛飾の食
武蔵野台地の食
武蔵野の食
多摩川上流の食
奥多摩山間の食
島「伊豆大島」の食
人の一生と食べもの
東京の食とその背景

この3つの文献を基本に、武蔵国の支配層や僧侶などの書いた文献も含め、武蔵国の食文化を調べていきます。
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武蔵国の食文化と酒文化