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平成現在、東京には東京都酒造組合という酒造組合があります。東京で酒造業を営む方々の組合です。まず、その今を見てみましょう。

公式サイトは、こちらです。

このサイトにある酒造組合についての解説によるとこの組合には、東京の9つの酒造業者が参加しています。
酒の銘柄と会社名で説明すると
澤乃井(小澤酒造株式会社)
多摩自慢(石川酒造株式会社)
嘉泉(田中酒造場)
喜正(野崎酒造株式会社)
千代鶴(中村酒造場)
桑乃都(有限会社小澤酒場)
金婚正宗(豊島屋酒造株式会社)
國府鶴(合名会社野口酒造店)
鳳桜(土屋酒造株式会社)

の9つです。

実は、2018年の2月までは、もう一つ、23区内(北区)で140年(明治11年創業、5代)にわたって、営業してきた丸真正宗の「小山酒造株式会社」廃業したことで、9箇所となってしまいました。この他にも2007年には武蔵村山にあった「吟雪」の醸造元「渡辺酒造」が、2003年には八王子で「月丸」を醸造していた「西岡酒造」が福井の「河村酒造」と合併して、「西岡河村酒造」となって、なくなったりしています。

東京にはこの他にも酒造会社はありますが、この組合には入っていません。2011年に港区芝に新たに開業(明治42年に廃業したが、7代目若松屋として100年振りに日本酒造りを再開)した正式名称は、「東京湾醸造」(銘柄は、江戸開城)などもあります。公式サイトは、こちら

この公式サイトにある東京(江戸)の酒造業についての説明「東京都の酒造りの歴史」によると江戸時代以降、関西の下り酒に負けないように幕府の支援を得て、その酒造が発展してきたという説明になります。以下に転載します。


<転載部分>

〔東京都の酒造りの歴史〕

東京が江戸と呼ばれた頃。徳川幕府が開かれて、お江戸は急速に発展していきました。人口が増えるにつれて、当然のように飲食の需要も拡大し、おしなべて庶民の生活が華美な傾向となっていきました。(バブル時代のようなイメージですね。)時の老中「松平定信」はこの風潮を心配して、民衆に向けて「諸事倹約の令(節約をしなさいという命令)」を発っしました。また、「西国ヨリ江戸ヘ入リクル酒イカホドトモ知レズ、コレガタメニ金銀東ヨリ西ヘ移ルモノイカホドト云ウコトヲ知ラズ(江戸の民衆の酒代でどんどん関西にお金が流れてしまっている!)」と嘆き、この経済摩擦の解決策を考えました。そこでお江戸(東京都)の酒蔵の出番です。幕府は寛政2年(1790年)地元の有力酒造家11軒を集めて優良酒製造の相談を行い、幕府所有米14,700石(2,205トン)を貸し与えて上精白酒3万樽の製造を命じました。そうして誕生した優良酒は、江戸表で「御免関東上酒売捌所」の看板で直接江戸の民衆に販売されました。この頃から江戸の酒造業が一段と発展したと思われます。


<転載、以上>

実際の所はどうだったのでしょう。以下のカテゴリーでその調査研究を進めていきます。
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