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酒屋にとっての「角打ち」を知る

まず、「角打ち」という言葉は、現在では、色々な意味合いに使われることを知っておきましょう。以下にWikipediaからの情報を転載しておきます。このコンテンツは、この最初の(1)の内容についてのものです。


<Wikipediaより、転載>

角打ち (かくうち)とは、

(1)酒屋の店内において、その酒屋で買った酒を飲むこと。また、それができる酒屋のこと。本記事ではこれについて記述する。

(2)また上記意味合いから、安く飲むことができる立ち飲み屋を「角打ち」と表現する店もある。

(3)枡で酒を飲むこと。


語意・語源

酒を購入し、その場ですぐ飲むことのできる酒販店である。個人経営の小規模な店で、酒販店の一角にカウンターテーブルを備え、そこで飲むことができる形態が多い。サービスはなく、酒代は酒屋の販売価格のみとなる。そのため、食品衛生法における飲食店には該当しない。

語源は諸説あり定かではないが、「角打ち」の名称は

「量り売りされた日本酒を、四角い枡の角に口をつけて飲むこと」
「酒屋の店の隅(角)で酒を飲むこと」


などに由来すると言われる。
類似した形態の店は、近畿では「立ち呑み」、東北地方では「もっきり」、鳥取県・島根県東部では「たちきゅう」と呼ばれる。


概要

「角打ち発祥の地と言われる北九州地域において、工場や炭鉱、港湾等で働く労働者が、仕事帰りに酒屋で酒を飲んでいたことが「角打ち」として定着した。」
と言われることが多いが、酒店での立ち飲みは、江戸以前からあったことが江戸時代の風俗画や俳諧などで明白である。「角打ち」とは、その酒屋での立ち飲みを表す言葉のひとつ(方言)であり、九州北部で昔から使われていた。酒屋での立ち飲みは、江戸時代には、「升(ます)飲み」「升酒」と言われていた。計量器の升がコップに代わってからは、コップ酒、コップ飲みに変わった。

北九州地域では、酒屋飲みの文化が今でも脈々と続いており、福岡県北九州市内には、角打ちができる酒屋が150軒近くある(2018年現在の推測数)。

また、製鉄所などの配置転換等で、北九州地域から労働者の多くが移転した千葉県などの関東から、角打ちという言葉が全国に広がっていったと言われている。

1901年創業の官営八幡製鐵所に伴い発展した、北九州市の八幡、戸畑地区を中心とした北九州工業地帯では、24時間三交替で働く工夫が勤務明けに酒屋で飲んだことから、地域に広がっていったと伝えられている。

北九州市門司区の酒屋には、大正時代に国の特別輸出港として門司港が栄えていたころ、船の荷の積み降ろしを行う沖仲仕(おきなかし)などが仕事帰りに酒屋に立ち寄り、角打ちしたことが伝えられている。

北九州市出身の小説家・岩下俊作が北九州市小倉を舞台に描いた小説「富島松五郎伝」(映画「無法松の一生」の原作)には『労働者仲間には「角打」といって二、三人で酒屋で薤(らっきょう)やいり子を撮んで酒を飲むことがある。』との記載があり、小説が脱稿された1938年以前から「角打ち」という言葉が北九州地域では一般化されていたことがわかる。


<転載、以上>

さて、次には、この酒屋で量り売りをすることと、その酒を「酒売場」やその後の「酒屋」で試飲することが発祥し、さらにそれが、「居酒」をえきる酒屋へと発展していく過程について調べてみようと思います。

<この項、作成中>
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