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酒の小売りをするのは、「酒屋」「酒店」?

造り酒屋は、酒と同じく古くから登場します。当然、その酒を買うのには、造り酒屋から、購入することになります。酒の小売りも「酒屋」というのが普通です。

所が流通と都市の成立で、酒屋も販売するための問屋が登場するとその問屋の出先機関として、もっと小さな単位で小売りをする「酒屋」の出先営業所が誕生することになります。これが「(小売りをする)酒屋」でWikipediaの酒屋などの情報を確認すると江戸と関西でその呼び方は以下のように異なっていたようです。


<Wikipedia「酒屋・酒問屋」より転載>

江州蔵と小売店

メジャーな酒屋と違って、マイナーではあるが独自の投資経営技術で関東から東北にかけて幅広く小さな酒蔵や造り酒屋をたくさん展開した、近江商人の江州蔵(ごうしゅうぐら)という酒屋の形態も忘れてはならない。これらは細く長く明治以降もそのまま引き継がれ、けっして大規模ではないが確固としたシステムを基盤として今日の地方蔵にも残っているのである。

また、町中の小売業としての酒屋については、江戸においては升酒屋(ますざかや)といった。上方では、小売店を板看板酒屋(いたかんばんさかや)といったが、これもメジャーな大酒屋が自分のところの酒の販売窓口として各都市に持っていた「営業所」にすぎなかった。


<転載、以上>

小売りも今のような「店」という表現になるのは、江戸時代以降の「店=見世」という商品を陳列するという店の形態ができてからで、それ以前は、「量り売りをする」「小売りをしているという看板のある」所といったことだったようです。

江戸時代に街並みができ、店が立ち並ぶことから、「店」となっていく以前は、あくまで「酒屋」の出先機関としての場所でした。

以下に、「居酒屋の誕生」(飯野亮一著、ちくま学芸文庫)に記述されている、
江戸での小売りするための「酒屋」の登場から、居酒屋の元ともなった「居酒」できる酒屋への変遷
(つまり、酒屋の「角打ち」の起源ともいえる「居酒」が最初にあり、そこから居酒屋文化へと発展したという経緯がわかります)

についての内容を転載して、ご紹介します。

「酒屋」の登場は、江戸初期の寛永年間から、その記述があるので、その初期から、江戸にあったことがわかります。


<「居酒屋の誕生ー第一章:酒屋で始まった居酒ー」転載部分>


<転載、以上>

<この項、作成中>
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